あれからしばらく経った。 グリーンバンブー(実家)を出て旦那様(本物)と広いお屋敷に住み始めてからというもの、毎夜毎夜毎夜毎夜、甘く深く愛されて正直困っている。 贅沢な悩みなのは重々承知だけれど、こんな生活が続いたら、私の身体が持ちそうにない。毎日ヨロヨロと歩く羽目になっている。 式が無事に終わり、新婚旅行も済ませたら、実家のみんながお屋敷に泊まりに来る計画だ。結婚式はもう目前。期待と緊張で、気持ちは高揚している。 そして今は、そんな結婚式を控えた平日の朝だ。キングサイズのベッドの上、私は旦那様(本物)の腕の中にぎゅうぎゅうに抱きしめられている。毎朝毎朝、こうして離してもらえずに困っている。これもすっかり日課となってしまった。「一矢、そろそろ起きなきゃ」「私を置いて行くのか」「違うってば。仕事に行く時間だから、起きないといけないでしょ? 置いて行くなんて言ってない。そもそも、私のほうが出勤時間遅いんだから、見送るのは私のほうなのに」「そういう問題ではない。今、寝室を出る話をしているのだ」 はぁ……めんどくさい。この人、完全に拗らせ眼鏡男子だ。「ところで伊織、もう仕事は辞めてしまえばどうだ? 私は今まで十分稼いだ。遊んで暮らしても問題ない。後の仕事は全部中松に任せてしまえばいい」 毎朝毎朝これだ。仕事に行きたくないと言い張って、ベッドから起きようとしない。「そんなこと言える立場じゃないでしょ? スピーチで『全責任を負う』って大勢の人たちに宣言したじゃない。有言実行しなきゃ示しがつかないわよ!」「そういえば、スピーチで思い出したが、父が本家に戻れとうるさい。正直、面倒でたまらない。ああ、例の二人は無事に追い出したから、本家が安全だと分かればお前が行きたいというなら考えなくもないが」「絶対嫌。本家なんて広すぎて迷子になる。ここでも十分すぎるくらい広いのに」「だろう? だから私も行く気はない。面倒なことは全部中松に断らせている」「嫌なことばっかり、中松に押しつけてるんだね」「それがあの男の役割だ」 一矢が不敵に笑った。「中松は私のことが大好きだからな」「ひどい雇い主」 私は呆れた顔を見せると、一矢は軽く笑った。「ところで、美緒と中松はその後どうなったんだ?」「それがね、聞いても美緒は何も教えてくれないの。『中松さんに休みをあげ
「笑っている、なぜかわかる?」 私は一矢の胸に勢いよく飛び込み、その胸の中で彼を強く、ぎゅっと抱きしめた。「嬉しくて、仕方がないの……。少し前まで、顔さえ知らない女性に嫉妬してたの。あなたがこれまで、どれだけの女性と、こんな風に親密な時を過ごしてきたのかって、考えたら、胸が苦しくなって……悲しくなったの」 そっと一矢の瞳を見つめながら、私は真っ直ぐに言葉を紡ぐ。「あの……今日まで、ずっと純潔を守ってくださって……ありがとう。本当に、嬉しいです。……旦那様」 もう“ニセモノ”なんて、頭に付けなくていい。 これからは、心の底から「本物の旦那様」――私の、たった一人の夫になってくださるのでしょう?「伊織……」 一矢の眼差しが、真剣そのものになった。少年の顔ではない。男の、強く熱を帯びたまなざし。欲望を滲ませた、私の知らなかった顔。「早く、お前を、私だけのものにしたい……伊織。だけど……いいか? 無理をさせてしまうかもしれない。途中で止まれないと思う。それでも――」 彼の言葉を、私は唇で塞いだ。「お願い。止めないで……私を、ちゃんと……一矢のものにして。あなたと、心も体も……繋がりたいの」 強く、けれど慈しむように。 お互いの唇が重なり、私の全身は、一矢の体温に溶けてゆく。「キスも……初めてだったの?」 ずっと気になっていた問いを、少しの勇気を振り絞って口にする。「そうだ。お前と同じだよ。あのときの伊織とのキスが、私にとっての……最初で、唯一だ。他の誰にも、触れさせたことはない。お前だけが、特別なんだ」「……ありがとう。一矢……嬉しい」 一矢が私の脚をそっと開かせ、身を預けるように体を重ねてきた。重さも、体温も、すべてが愛おしい。 そして――ゆっくり、ゆっくりと、彼が私の中に……。「伊織……」 名前を優しく呼ばれたその瞬間、彼の初めての“侵入”を受け入れ、私の体は切ないほどに震えた。「愛してる」 その囁きとともに、一矢が私の内側に深く入り込んできた。 痛みと快楽――そのふたつが同時に押し寄せてくる。 頭を金属バットで殴られたような衝撃に、思わず彼の背中に爪を立てた。「大丈夫か?」 痛みに顔を歪める私に、一矢は深く優しく問いかけ、私の髪を撫でてくれた。 彼のその想いが、痛みをも癒していく。私たちは、静かに見つ
「きゃぁっ、ん、あぁっ――!」 一矢の唇が秘められた場所に触れた瞬間、これまでに経験したことのない快楽が私の中で弾け飛んだ。 自分自身でもまともに触れたことがないその部分は、一矢の愛撫を待っていたかのように甘い蜜を溢れさせていた。「や、だめっ、一矢、おねが……ぃ、待って、や、あぁ、ああ――っ!」 こんな無防備な姿で、最も敏感なところを一矢に舐められるなんて……恥ずかしくて消えてしまいそうだ。「甘いな、お前は……」 まるで美味しい蜜でも味わうように、一矢は悦びながら私を舐め尽くしていく。「ぁん、はぁ……っ、ぁっ」 舌の柔らかく温かな感触と、一矢の唾液と私の蜜が混ざり合って、私の一番感じるところを何度も刺激する。 堪らず身体が弓なりにのけ反り、恥ずかしい声が何度も漏れ出した。 頭が真っ白になり、嬌声を上げ続けるしかない私を、一矢は容赦なく責め続ける。 下腹部から絶え間なく押し上げる甘い快楽の波に、もう飲み込まれそう―― 「伊織。もっとその可愛い声を聞かせてくれ。もっと私の名を呼んで……私だけだと、そう言ってくれ」 一矢の低く掠れた声に、身体が更に熱くなった。「ぁっ、あぁ、い、一矢だけだよっ……大好きっ……あん、はっ、だめ、もうだめぇっ……!」 その瞬間視界が真っ白になり、意識が一瞬飛んだ。 全身が甘い痺れに包まれ、どうしようもない悦びが身体中を駆け巡る。 自分でも信じられないほど痙攣する身体を止められず、恥ずかしい水音が響き続ける。 羞恥から思わず顔を覆ったが、一矢がその腕を優しく取り、鋭くも温かい眼差しで見つめてくれた。「伊織……愛している」 そう言うと、彼は私の頬に優しく口づけを落とし始めた。 耳元から首筋へ、鎖骨から胸元へ、そして腰や太もも、足先に至るまで、一矢の唇が丁寧に私の全身を愛撫する。 彼の触れた場所が燃えるように熱くなり、私は何度も彼の名を呼びながら悦びの声を上げ続けた。 息もつけないほど濃密に愛され、何度も絶頂を迎えた後、一矢の腕の中で蕩けるように崩れ落ちた。 こんなにも官能的で幸せな世界があったなんて知らなかった。 しかし、一矢が他の女性ともこういう時間を過ごしたのかと思うと、胸の奥が苦しくなる。 嫉妬の黒い闇が胸を刺す。 彼の初めては、一体誰だったんだろう。キスや触れ合いを経験した相手はどんな女性だった
二人で見つめ合って微笑んだ。見つめ合うと自然に静かな沈黙が訪れてしまう。いつもの軽い口調で雰囲気を変えようとしたけれど、その試みは儚くも終わってしまった。「伊織」 そっと呼ばれた名前にドキリと心臓が跳ねた。事件の影響から、露出の少ない服を選んでいたが、それでも肩は繊細なレース越しに肌が覗いている。その肩に、一矢がためらいがちに触れた。「こんなことがあった後に、本来踏み込むべきではないことは承知している。嫌ならすぐに止める。でも……私はずっと待った。お前を手に入れることだけを願って、ひたすら待ち続けてきたんだ。伊織がいい返事をくれた以上、夫婦としてこの先に進みたいと思っている。お前に……触れてもいいだろうか?」 真摯で、熱を帯びた瞳が私をじっと捉える。初めてのことで怖さがないとは言えないけれど、それ以上に、あの不快な記憶を上書きしたかった。 一矢の私への気持ちが真実だと分かった今、本物の夫婦になるためには越えなくてはならない壁だ。私は小さく頷き、一矢は大切な宝物を扱うように、そっと私を抱き上げてベッドに優しく下ろした。「乱暴はしないが、優しくできる自信はない。だが、最善は尽くす」「一矢……」「伊織、愛している。そんなありきたりな言葉では足りないほど、お前を……幼い頃から、ずっと愛している」「わ、私も……一矢のことが……」 そこから先は、ただ本能のままに身を任せた。 重なり合う手に力を込め、何度も角度を変えて交わした口づけは次第に熱を帯びていく。私たちの身体は、互いを求め合うように密着していく。 背中にあるワンピースのチャックが静かに引き下げられ、肌が冷たい空気に触れた。露わになった補正下着を見られる恥ずかしさを感じたけれど、一矢は指を優しく動かし、私を怯えさせないように丁寧に脱がせてくれる。 その繊細な優しさに、胸が切ないほど熱く震えた。 もっと乱暴に奪われたいという気持ちと、あの時の恐怖が蘇る不安な気持ちが入り混じる。けれど一矢になら、すべてを委ねてもいい。私の身体はそれを望んでいる。 深い口づけを交わし、初めて舌を絡ませた。濃厚な唾液が混ざり合い、唇の間で淫らな糸を引く。「んっ、あ……一矢ぁ……」 初めて直接触れられた素肌は、一矢の指が這うたびに甘く震えた。抑えきれない嬌声が漏れ出し、部屋の静けさを艶やかに乱していく。「すま
「ようやく、捕まえたぞ。二十年かかってここまで来たのだ。お前を追いかけるのはもう終わりにしたい」 一矢の穏やかで優しい声が、耳元に甘く響いた。「一矢……」 彼の真剣な瞳に見つめられ、胸がきゅっと締め付けられる。「伊織、私はもう、お前を離すつもりはない。これからはずっと私だけのものだ。私の、本当の家族になって欲しい」「うん。なるわ。だって――」 私の夢は、グリーンバンブーで一人前の料理人になることと、一矢のお嫁さんになること。そう伝えたら、旦那様はまるで少年のように顔中をくしゃくしゃにして喜んでくれた。「伊織……やっと、言ってくれたな」 ぎゅっと強く抱きしめられ、重なった肌から彼の体温がじんわりと伝わる。愛されているという安心感で、私の身体から震えが完全に消えた。 もう一度、もう一度と何度も繰り返しキスをする。一矢の唇はいつだって優しくて、心地よい。「生意気な伊織も悪くないが、こんなに私が好きだと言って頬を染める伊織もいいな。たまらなく可愛い」「ばかっ」「お前は、どんな表情でも愛おしい。私が初めて好きになった女だ。可愛くないわけがないだろう」「いつも不細工ってバカにしてた癖に……」「好きな女性ほど苛めたくなるというのが、男の性らしいぞ。中松が言っていた」「あぁ……中松情報。それなら納得かも」 思わず笑いが漏れてしまう。一矢も同じように微笑んだ。「でも、好きな人に不細工とか言われたら傷つくの! 少しは女心を勉強してよね!」「そうだな、すまない。だから初めて風呂場で水着姿を見た時は、素直に褒めただろう? お前の可愛い水着姿を、しかと堪能させてもらった」「えっ、眼鏡してなかったのに見えてたの?」「お前は……」一矢は小さくため息をついてから、楽しそうに続けた。「眼鏡だけとは限らないだろう? プールに入る時、目が悪い者は裸眼で入るのか?」「あっ……コンタクト……?」「その通りだ。見えてないと思っていただろう?」「ばかっ! ちゃんと言ってくれなきゃ! 見えてないと思って油断してたのに!」 自分の姿がしっかり一矢に見られていたのだと思うと、恥ずかしさで顔が熱くなるのを感じた。「伊織のそういう素直で飾らないところが」一矢の手がぽんと頭を撫でる。「昔からずっと好きだった」「んもうっ、ばかっ……!」「私に面と向かってそんな口が利ける
「誓うわ。私も、一矢を一生大切にする……! だって、私もずっと、ずっとずっと一矢が大好きだったの……!」 間髪入れずに一矢の胸に飛び込んだ。ぎゅうっと力いっぱい彼を抱きしめて、そのぬくもりを確かめるように、何度も彼の胸元に頬を寄せた。「伊織も同じ気持ちでいてくれたのか。嬉しいぞ」 一矢は目を細めて優しく微笑んでくれた。互いの顔が少しずつ近づいていく。そっと目を閉じると、ふわりと優しく唇が重なった。 本当ならここが初めてのキスになる予定だったのに。もう既に一矢との初めてを済ませてしまったから、これは二回目――セカンド・キスということになる。「伊織、実は……お前に謝らなければならないことがある」 唇を離した一矢が申し訳なさそうに口を開いた。「今、お前はこのキスが初めてだと思っているだろう? だが実は、違うのだ」「知ってるよ。二回目でしょ?」「なっ……! どういうことだ伊織! 私以外の男と、まさか――」 一矢の顔が見る見るうちに青ざめていく。私は慌てて弁解した。「ば、ばばばかっ! 違うわよっ! は、初めてこの屋敷に泊まった夜、一矢、私に勝手にキスしたでしょっ! 私、気づいていたんだからっ! あれ、どういうつもりだったのよっ!」「お前っ……! あの時、起きていたのか!?」 端正な旦那様の顔に、明らかな焦りが滲み出た。「なぜ言わなかったんだ! 眠っているとばかり思っていたのに……!」「す、好きな男が隣で寝ているのに、そう簡単に眠れるわけないでしょーがっ!」「なっ……その、『好きな男』というのは……まさか、私のことか?」「他に誰がいるのよっ!」 青白かった旦那様の頬が、みるみるうちに真っ赤に染まった。「すまない……お、お前のファースト・キスがどうしても欲しかったのだ。他の男に盗られる前に、せめてそれだけは、主人である私のものにしたかった……。お前の気持ちも確かめず、勝手にしてしまって悪かった」「もういいよっ。キスの初めては、好きな人のために取っておいたんだから……」 自分で言いながらも恥ずかしくなり、私も一矢に負けないくらい真っ赤になってしまった。「伊織」 そっと私の頬に手を添えて、一矢が真剣な眼差しで見つめてきた。「その『好きな人』というのは、私のことだと、思ってもいいのだな?」 こくん、と静かに頷く。「伊織……」 一矢